敬老の日~温故知新の政治哲学
今日は敬老の日。幸区内でも多くの町内会自治会で敬老会が開催されたことと思います。
私も、地元ということで古市場各町会の敬老会に出席させていただきました。
婦人部の方々の心づくしのご馳走でのおもてなし。会場では演芸やカラオケに興じる楽しい笑い声があちこちで聞かれました。〔東古市場自治会(松山繁義会長)では音痴で名高い市川も本邦初公開のカラオケを披露してしまいました・・お聞き苦しい点は何卒ご容赦ください。しかし、皆さんお上手でビックリしました。何を歌ったか当ててみてください。ご意見箱にお待ちしてます笑〕
高齢化の問題は、少子化とともに日本の将来を考えるにあたって避けては通れぬ大きな問題です。
2007年からは団塊の世代の方々が大量に定年を迎えられ、2014年には国民の4人に1人が65歳以上の所謂「高齢者」という超高齢化社会が到来します。今は65歳以上といっても、気力も体力も充実した方々がほとんどです。こういった方々にはできる限り現役で働いていただける環境をつくること。働くということは、単に経済的な側面だけではなく、よく言われる「生きがい」という精神的な側面も大いに期待できるところであります。介護のような高齢者福祉も考えていかなければいけないのは勿論ですが、これからの時代はいかに1日でも長く働いていただけるかを考えていくことも大事です。自分は社会に皆に必要とされているという思いが、心も体も健康に保つ一番の特効薬。少子化で労働人口が減少していく時代、市川は高齢者の方の再雇用をふくめた政策をぜひとも推進していきたいと考えています。
ところで、昨今政治の世界でもなんでもかんでも「若ければいい」というような風潮が蔓延しております。新人の市川が言うのもちょっと矛盾があるかもしれませんが、個人的にはこの風潮に対しては「?」という思いが強い。我が民主党も今年の初めには、若手の執行部が若さゆえのほころびを露呈してしまった苦い経験がありました。その窮地を救ったのが、黄門様にたとえられた長老・渡部恒三先生であったというのも、まさしくそれを象徴する出来事だったのかもしれません。
実生活での経験を経てつちかった「知恵」は、時として頭の中でこねくりまわした浅薄な「知識」を凌駕するものです。
特に戦争という修羅場を生き抜いた方々は、おしなべて若い世代には持ち得ない精神力と一本筋が通った人生哲学をお持ちです。こうした経験と「知恵」こそ、これからの社会を築いていく上に不可欠な、何よりの財産であると市川は強く主張したいと思います。
「温故知新」という言葉があります。「古きをたずねて新しきを知る。」市川はこの「温故知新」の精神を自分の政治哲学として大事にしていきたいと思っています。
戦後の焼け野原の日本を世界有数の経済大国へと発展させた世代の方々の生きてきた道程。今日本を迷わせている諸問題を解決するヒントが、そこにあるのではないでしょうか?と言っても、「昔はよかった、昔に戻そう」というのではただの懐古主義に陥ってしまいます。実際そういった方向にミスリードしようとする考え方も最近ちらほら見受けるのも事実です。
そうではなくて、古きを知って、新しいものを模索するのが「温故知新」
困難を経て、文字通り身をもって築いてきた先人の「知恵」を尊敬をもって受け継ぎながら、そこからいかに新しい発想、新しい時代に合ったやり方を創造していくのか。
浅学未熟の市川ですが、この精神を忘れず新しい川崎を考えていきたいと思います。
敬老の心がたった1日だけのものではなく、毎日が「敬老の日」となりますように。
お年寄りにやさしい社会目指して市川頑張ります。



