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2007年3月21日

新しい力で変える~幸区民主党の決意

皆様 市川のホームページも7000以上のヒットを超えました
実は今日、3月21日の更新でしばらくこのHPを更新することができません
「なんで?」と疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれません。
明日から神奈川県知事選挙が告示となるからです。


公職選挙法ではこのホームページは文書図画にあたります。
それゆえ、このホームページの更新も規制の対象になるため、残念ながら皆様に活動報告もインターネット上はしばらくできなくなるわけです。
一年近く市川の活動をこのブログで見守ってこられた皆様。お励ましの言葉本当にありがとうございました。心から感謝申し上げます。

しかし、市川の活動がお休みするわけでは勿論ありません。
いままで以上に精力的に頑張ってまいります。改めてこの場でご挨拶できるまで、今度は街の中で見守ってくださいますようお願いいたします。


さて
この一年、幸区をまわりながら、様々な場所で多くの方々に接する機会をいただきました。
政治家として以上に、人間「市川よし子」として本当に貴重な経験を数多くさせていただきました。
たくさんのめぐり合いの中でも、特に素晴しいめぐり合いは同志である県政担当副幹事長 あだち貴子さんとそして同じ市政担当の山田ますおさんとのめぐり合いでありました。
今回の更新では是非このことに触れたいと思います。


街頭活動もこの3人で各駅に別れ、一年以上続けてまいりました。
機関紙も3人で協力して発行してきました。
よく3人で集まっては、様々な話をしながら、あるときには励ましあい、またある時にはお互い刺激し合う大切な「同志」であります。
政治の世界は競争の世界でもあります。
しかし我々幸区の民主党副幹事長3人は、「共生」という民主党の現在の政治理念を自らが実践するために、助け合いながら活動を続けてまいりました。
これはある意味、政治の世界では稀有なことであると思います。
他の政党や他の選挙区の方からも「幸区の民主党は有り得ない」と驚かれたこともありました。
しかし、3人とも同じ理想に向かって邁進しているからこそ、こうしたことができたと思っています。
その理想とは

幸区から社会をよりよく変えよう


ということ


自分の利益ばかりを追求することが横行する今の社会で、このような政治活動ができたことに誇りを感じます。また、これを実現させてくれた「同志」の二人に心から敬意と感謝を表します。


いよいよ今までの活動が総決算を迎えます
ともに闘ってきた「同志」とともに、日本一豊かで幸せいっぱいの幸区新時代を築くことができるよう
市川、頑張ります!!!!!

幸区民主党の新しい力に是非ご期待ください!!!!

2007年3月20日

パブリックコメント~市民が主役の政治への第一歩

「パブリックコメント」という言葉を聞いたことがありますか?
パブリックコメントとは市民の皆さんのご意見のこと。
これを行政が必ず聞く機会を設けます・・という制度ができたのをご存知でしょうか?
昨年の12月自治基本条例に基づき、川崎市でも「パブリックコメント条例」を制定しました。


川崎市では、自治基本条例の基本理念に基づいて、より一層、市民の市政への参加を推進し、行政運営の透明性の向上を図ることを目的に、同条例第30条に定められたパブリックコメント手続を制度化するため、「川崎市パブリックコメント手続条例」を制定しました。
パブリックコメント手続とは、市民の生活にとって重要な行政計画、条例、審査や処分の基準(これらを政策等と言います。)を定める際に、政策等の案や関連資料をあらかじめ公表して、市民の意見を募り、提出された意見を考慮して政策等を定める制度です。
この手続は、政策等を定めるに当たって、その内容をより良いものとするために意見を募る制度ですので、各案件に対する意見を寄せてくださるようお願いします。
また、いただいた意見については、定めた政策等の公表にあわせて、その内容と意見に対する市の検討結果を公表します。
   (川崎市ホームページより抜粋)


詳しくは川崎市のホームページ  を ご覧ください
http://www.city.kawasaki.jp/pubcomment/


幸区を歩いておりましても、まだこの制度、知らない方が圧倒的に多いです。
市民参加の政治へのシステムの整備は徐々に整いはじめているのに、本当に残念なことです。
しかし、制度よりも肝心なのはどうそれを運用していくのかということ。
「絵に描いた餅」にならないよう、本当の意味で民意を反映する制度として定着してくれるよう今後を見守っていきたいと思います。

それにしても、行政のPR力はもっと強化できないものでしょうか?
「市政だより」は情報の宝庫なのですが・・・

みなさんは、「市政だより」読んでますか?

2007年3月16日

卒業式に思う

3月15日
娘が小学校を卒業しました。
毎日朝から晩まで政治活動に奔走する毎日ですが、この日ばかりは「母」に戻って主人と共に卒業式に行ってまいりました。
現代っ子とばかり思っていた娘が、最後に友達と担任の宮方先生(市川の恩師でもあるのです。2代にわたってお世話になるとは稀有なことです)に囲まれ号泣。感動しました。いつの時代も変わらないものが、ここにありました。
しかし、時の経つのは早いものです。ついこの前に入学式を迎えたばかりだと思っていたのに、娘はすでに市川の身長を追い越し、そして4月からは中学生。でも考えてみれば市川自身も今はこうして政治活動をする身。入学式には考えもしなかった現状に改めて驚かされます。

親はなくとも子は育つといいますが、日々の忙しさについつい母であることを忘れてしまうことも正直あります。それでも子供は確実に成長してくれていました。

親バカと怒られそうですが、娘の卒業文集によせた「未来の自分へ」という文章を紹介させていただきたいと思います。


未来の自分へ

未来の自分。元気ですかー?私がこのページを開いた時、私は何をしてますか?
どんな気持ちですか?
とにかく12歳の私は今とってーも楽しく暮らしています。時にはいやなこともあるけど、今のわたしにはそれを乗り越える「パワー」があります。未来の私には、その「パワー」を忘れずにもっていてほしいです。
どんなことがあっても、その「パワー」を発揮して乗り越えてください。そしていつまでも「自分らしさ」と「笑顔」を忘れないでください!
以上  平成19年2月22日の「私」でした


本当に親バカで申し訳ありません。
しかし、これを読んだとき娘が知らぬ間に成長してくれていたことに思わず涙がこぼれました。
子供は時として親に大事なことを教えてくれる「」となるものです。
正直に告白しますと、市川は決していい親ではありません。
感情で子供を叱ったり、わかっていても数々の失敗を繰り返す「等身大」の人間であります。
人格も現在進行形で研鑽中です。
しかし、だからこそ理想論や観念論ばかりの子育てや教育ではなく、本音の部分での親の気持ちというものを理解できることもあると思います。
生活と政治の乖離を是正することが市川の目標ならば、こうした「等身大」の経験がきっと役に立つと思います。


政治家として何をするのか
あれこれやりたいことが沢山あります。
しかし、今プライオリティがはっきりと市川の前に明らかになってきました。
子供たちの未来を豊かにする「教育」
そしてそれ以上に、子供という宝物をもっと増やすための「少子化対策」
まず、ここから考えようと決意を新たにした市川でした。


いつまでも子供たちが「自分らしさ」と「笑顔」を大切に守っていけるよう、市川頑張ります!!!


今春卒業されるすべての子供さんたちへ
卒業おめでとう!輝かしい将来に向けてはばたいてください!
未来はあなたたちのものです!困難や試練は新たな成長へのチャンスでもあります。あなたたちの今の「パワー」があれば乗り越えられない試練などないのですから!


2007年3月10日

タウンニュース

平成19年3月9日(金)号に寄稿が掲載されました。

川崎マニフェスト表紙12020.jpg


2007年3月 8日

佐藤議員最後の質問を傍聴~南武線高架化への決意

川崎市議会の予算審査特別委員会で佐藤忠次議員が最後の質問をされるということで、地元古市場の後援会の皆さんや事務所スタッフとともに傍聴に行ってまいりました。
佐藤先生に先立ってご質問されたのが、やはり今回でご勇退を決められた川崎区選出の栄居義則議員。栄居先生は亡くなった市川の両親とも親交の深かった、尊敬する市政の大先輩であります。
ちょっとだけ怖そうな(おこられてしまうかな笑)風格ある外見とは裏腹な、気さくで面倒見のいいとても優しい方でもあります。
7期という超ベテランならではのユーモアたっぷりな質問に議場は爆笑の連続。しかし笑いの中に「南部市場の問題」等、市政への最後の注文がしっかりと盛り込まれ、さすがと感心することしきり。いつかこの場で、このような質問がしてみたいものだと思いました。

そして登場したのが佐藤忠次議員。
これが議場での最後のご発言です。
佐藤議員は最初にご自分が長くたずさわってこられたバレーボールの天皇皇后杯大会が川崎で開催されることに触れ、今後も川崎で大会が開催されるよう川崎市に積極的に後援をしていただくように要望されました。
そして最後の最後に触れたのが、市川もこのブログで何回か書かせていただいた「南武線高架化」の問題です。
佐藤先生の初当選の際、熱心に応援してくださった後援者の方が、その年の暮れに踏切で事故に遭われ、ご自分が葬儀委員長を務めたという悲しいエピソードを紹介しながら、幸区民の悲願でもある南武線高架化を一刻も早く実現してほしいと市長に要望されました。
南武線の踏切は、朝夕のラッシュ時にはなんと一時間に5分程度しか開くことのない、まさに「開かずの踏切」。特に一年以上鹿島田踏切のすぐ脇で駅頭活動を続けて来た市川には、ご利用者の不便・怒りはまさしく自分も現場で「追体験」してきたことでもあります。
本来はあってはならないことですが、遮断機をくぐっての危ない横断を目撃するのもしばしば。演説中「危ない横断は控えてください」と声をかけることも毎回です。
昨年幸区の町内会連合会で署名運動もおこなっていただき、川崎市も次年度からようやく南武線の問題にも取り組むべくようやく重い腰を上げてくれそうになってまいりました。
しかし、最短でも川崎区の京急大師線の問題が解決してからということですので実現にはまだまだ歳月が必要です。
佐藤議員は「これは去っていく自分の遺言として聞いていただきたい」という言葉とともに、自分が生きているうちに着工するべく努力をしてほしいと改めてご発言されました。


幸区のまちづくりを考えると、いつもこの南武線の問題につきあたります。
交通だけでなく、まちづくりを考える上でもボトルネックとなるこの南武線の踏切。
党派を超えて全員一致で賛成する、本当に幸区全体の総意でもあるこの問題です。
佐藤議員の最後の悲願でもあるこの高架化、必ずその意志を引き継いで一刻も早く実現するべく市川命がけでがんばります!!


もう決して悲しい事故が繰り返さないように!
皆様のご協力をお願い申し上げます。

川崎マニフェスト表紙12017.jpg


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