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2009年1月20日

平成21年4月1日より市立病院「新生児集中治療管理室(NICU)」再開・拡充

平成21年4月1日より、一時的に休止しておりました、市立川崎病院の「新生児集中治療管理室(NICU)」が再開・拡充することになりました。

「安心してお産が出来る体制づくり」が社会的に要請されている中、全出生率の約5%が集中治療の必要なハイリスク妊娠・新生児とされていることから、新生児集中治療管理室(NICU)の設置などによる周産期救急医療の充実が求められています。
このような状況の中、関係大学に対する医師派遣等の要請などを協力に行って参りました結果、必要となる医師等の確保に見込みが付きましたので、平成13年1月から一時的に休止しておりました市立川崎病院の新生児集中医療管理室(NICU)を平成21年4月から再開するとともに、病床を1床増床して6床とし、受入患者の拡大を図ります。


1.再開の時期…平成21年4月1日(水)

2.新生児集中治療管理室(NICU)の病床数…6床

3.医師・看護師の配置予定数…医師7名、看護師15名

4.整備費用…約9,900万円(平成20年度執行見込み額)
※人口呼吸器、ベッドサイドモニタ、保育器等の医療機器整備費及び増床等に伴う回収工事費(工事期間:平成21年2月~3月)

<参考>
【新生児集中治療管理室(NICU)とは】
○Neonatal Intensive Care Unitの略

○未熟児等重篤な状態の新生児に対し集中治療を行う。
 ※妊娠35週未満の早産児、出生体重2500g未満の低出生体重児及び病的新生児など

○「専任医師」及び「患者3人に対して1人以上の助産師又は看護師」を常時配置する必要がある。

○1床当たり7㎡以上の広さを有し、原則としてバイオクリーンルーム(空中の微細な粉塵や最近を極力除去した部屋)である必要がある。

○次に掲げる装置及び器具を、室内に常時備えていること。
 →救急蘇生装置、新生児用呼吸循環監視装置、新生児用人口換気装置など

【川崎市内におけるNICU設置状況】
市立川崎病院→6床(平成21年4月より)
聖マリアンナ医科大学病院→9床
日本医科大学武蔵小杉病院→3床

2009年1月18日

故武田郁三郎県議会議員を偲ぶ~お別れ会

1月17日
川崎区で10期にわたり県議会議員を務めてこられ昨年12月25日急逝された武田郁三郎先生のお別れ会が労働会館にて多数の参列者のもとしめやかに行われました。
市川も、11時からの式典に参列させていただきました。

武田先生と市川、というより亡き私の両親は実は深いご縁があります。
中小企業の経営者であった父は、武田先生の熱心な支持者でありました。
式典では後援会を代表して小川正春氏が弔辞を読まれましたが、その中で昭和53年の選挙について触れられていましたが、市川が中学生だったこの選挙、今でも印象に残っております。
それは武田先生にとって正に試練となったであろう大変厳しい選挙でありました。
このとき、私の両親はじめ様々な形で武田先生にお世話になった方々が文字通り奮起し、見事当選されたわけですが、両親も期間中は昼夜問わず一日中選挙事務所につめていて家で私1人留守番していた思い出は忘れられません。
何故そこまでやるんだろう?当時の私は理解できませんでした。


運命とは不思議なもので、そんな私は、その後当時同じ川崎区選出の県議でもあった斎藤文夫参議院議員の秘書となりますが、両親と武田先生との関係は変わることなく続きました。

斎藤議員の秘書をやめてわずか1年足らずの年末、私の父は脳梗塞で倒れ61歳の若さで亡くなりましたが、倒れた直後、まだわずかに意識のある中、報を受けて真っ先に病室に駆け込んでこられたのは他でもない武田先生でした。父の手を握り「藤本さん、藤本さん!(私の旧姓です)」と叫んでおられた先生の姿は今でも鮮明に覚えています。
その後父の後を追うようにわずか4年でやはり心筋梗塞で亡くなった母。その夜も武田先生は自宅へと駆け付けてくれました。
それだけではありません、お盆の季節になると武田先生はひょっこりと「「お線香をあげにきたよ」と何度も自宅を訪問してくださいました。


私が立候補を決めた後も、党派は違うものの、武田先生はお会いするたびに多くの励まし、教えを私に与えてくれました。
そんな武田先生に最後にお会いしたのは亡くなる1月前くらいのことだったと思います。
日航ホテルで行われた会合のあと、たまたま乗ったエレベーターに武田先生が乗っておられたのです。
2人きりのわずかの時間でしたが、先生は私の地元古市場に住まれている旧友のTさんのお名前を出して、よくお願いするようにと言ってくださいました。もうすでにいろいろご支援いただいている旨を話しますと、Tさんとの思い出を語りながら、ご自分からも言ってあげるからとお約束してくださいました。

武田先生のご逝去のあと、年末もおしせまった30日、私が地元のあいさつ回りでTさんにお会いすると、「じつは亡くなる2日前、武田先生にあったんだよ。そうしたら、市川さんを応援してやってくれと頼まれた。それが武田先生の遺言になったよ」というお話を伺いました。
やはり、武田先生は、あのエレベーターでの約束を果たしてくださった。市川の胸にあついものがこみ上げてきました。


武田先生のご功績は改めていうまでもありませんが、今同じ地方議員となった私にとって特に感嘆することは、「月曜の声」という川崎駅での朝の街頭活動をなんと40年1800回以上継続されたこと、激変する政界の中生涯社会党県議というスタンスを貫かれたこと、そして何より「義理」や「情」というものを忘れることなく政治活動を行われていたこと。
一番厳しい時期の支援者をいつまでも大切にしてくださった武田先生。
私は亡き両親になりかわって心からお礼を申し上げたいとおもいます。

義理や情のみで政治家が選択されることに関して市川は疑問を呈したいと思います。
しかし、政治の世界に身をおくと、自身の利益ばかりで「合理的」に動く政治家も実はたくさん存在することも事実です。
私は、そうであってもやはり人として義理や人情を理解できる政治家になりたいと、武田先生の葬儀に接し改めて強く思いました。


時代の移り変わりとともに、もう武田先生のような政治家は現れないのかもしれません。
しかし、その存在はいつまでも地元では語り継がれると信じます。
武田先生のご冥福を心からお祈り申し上げます。
そして、先生、本当にありがとうございました。

合掌

2009年1月17日

平成21年10月より個人住民税の公的年金からの引き落としが始まります

平成20年度地方税制改正により、平成21年度10月以降に支給される公的年金から個人住民税の特別徴収が行われます。

1)平成21年度4月1日現在65歳以上で、前年から一定額以上の年金を受給されている方が対象

2)国民年金、厚生年金、共済年金の老齢給付及び退職年金から特別徴収される

3)年金収入の金額から計算した個人住民税額のみが特別徴収され、それ以外のもの(不動産所得など)に係る個人住民税額は特別徴収の対象とならない

4)これまで年金を受給されている方が、銀行等へ出向いて納めていたものが、社会保険庁等の年金保険者が年金から特別徴収して、川崎市に納めるものに変更になる

5)個人住民税の納め方が変更になる改正であり、これによる新たな税負担はない

6)21年度の6月と8月は、これまでどおり銀行等に出向いて納付書で納めていただく


※※説明会が開催されます。幸区につきましては、1/23(金)10時~、14時~区役所にて開催されます。※※

↓↓川崎市作成のリーフレット↓↓


2009年1月13日

1/12 成人の日を祝うつどいに出席しました。

09年成人式.jpg

2009年1月11日

新年会まわりから2009年出動!~新年活動報告

1月6日
川崎市・川崎市議会合同の賀詞交歓会が産業振興会館で開催され、2009年の活動がスタートしました。ここから市議会議員の市川も新年会各所をまわる超過密スケジュールが始まりました。
阿部市長は冒頭の挨拶で、妊産婦や小児医療を含めた救急医療の体制整備、不況下における環境など新たな新産業の育成や、市内企業の支援などに今年はつとめていく旨の決意を表明しました。
2009年川崎市賀詞交歓会.jpg


1月9日には幸区の賀詞交歓会があり、地域の皆さんに市川も年始のご挨拶をさせていただきました。
今回の新年会には阿部市長も出席。
なんと、市民アンケートでは川崎市内で幸区が一番住み続けたいという回答が多かったとのこと。
幸区の住みよさは、区民の方なら皆さんご承知のとおりですが、残念ながら満足度では市内では最下位とのことで、我々区選出の議員としては反省しつつ頑張らねばと意識を新たにしました。
2009年幸区賀詞交歓会.jpg


1月11日には幸地区の出初式が行われました。
今年は元日から紺屋町で火災が発生し、消防関係者の方々は新年早々の出動となりました。
そういうスタートではあるものの、今年一年、火災のない一年になってほしいものです。
特に日夜尽力されている地域の消防団のみなさんには心から敬意を表したいと思います。
2009年出初式.jpg


一月はこのような感じで毎日地域の会合まわりに走っておりますが、週2回の駅頭活動も7日からスタートさせ、今年も一年地道に活動していきたいと思っています。
市川頑張ります。

2009年1月 3日

タウンニュース元旦号に掲載されました

市政報告Vol.6がタウンニュース川崎・幸区版の元旦号に掲載されました。

タウンニュース元旦号

2009年1月 1日

激動の2009年スタート~新しい政治への転換

2009年がスタートしました!

大晦日は、一年の感謝をこめて川崎駅と鹿島田駅で2008年最後の駅頭活動。
多くの方々から暖かい激励の言葉をいただき、市川感激でした。
深夜からは幸区内13箇所の神社をまわり、最後は地元古市場の氏神様である天満天神社で初詣と地元の皆さんへの新年のご挨拶。支持者のみなさんも駆け付けてくださり、今年最初の大感激です。
朝は、神社など数箇所をまわらせていただき、10時からグランドゴルフ愛好会の仲間のみなさんに新年のあいさつ。毎年恒例となった嬉しい行事です。

河川敷から見た景色は、雲ひとつない晴天。
富士山も頭を見せてくれました。
気分爽快!
最高の新年のスタートです。
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みなさんはどのようなお正月をお迎えになりました?
昨年は、後半から世界的な金融不安の中暗い話題が目だつ年となってしまいました。
しかしだからこそ、政治が時代を変えなければならないと市川は強く思います。
日本には言霊という思想がありますが、暗い暗いとなげけば、それ以上に事態は悪くなるものです。
そうではなく、どうしたら明るくできるかを示していくこと。常に明るく前向きであること。
それこそが政治家の本分であると思います。
今年は総選挙、そして川崎市長選挙も予定されております。
恐らく歴史的にも大きな大転換を迎える激動の年となるでしょう。
市川が目指してきたものが、すぐそこに見えてきました。

Change! Yes, We can!

オバマ次期大統領のこの言葉を実現するのは、他でもない我々ひとりひとりの力です。
今年も一年、市川頑張ります。どうかよろしく!


みなさまにとって、今年もよい年になりますように!


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